べぎログ-べぎの感想・考察-

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主にプリキュアシリーズの感想と考察

ノケモノたちの夜 第58夜感想

開戦の狼煙が上がったといえる58話。

ルーサーとダンタリオンの間にあるものが描かれたなーと思います。

ではでは感想行ってみよー。

 

 

 

 

 

前のルーサーと家族

 

端的に言うと悲しいな…って思います。

 

幼馴染が従軍したことがきっかけで、俺は本当にこれでいいのか?と考えて。自身の身体能力を活かすべきではないのか?と、ある種のノブレス・オブリージュ-持つべきものの責務-で兵に志願したんですよね。

 

とても立派な志だと、本当に思います。

ですが、それ故に家族と離れ離れになり戦場に向かうことになるわけで。家族はルーサーと離れることを悲しむのですよね。立派な志よりも、ただ平穏に家族一緒に暮らしたかった。

 

そんな想いが表れたセリフが印象的でした。

 

お前を誇りに思う。本当に出来た息子だよ。

…出来すぎた…

 

ルーサーの志が素晴らしいものだと理解しつつも、それ故に離れてしまうことを悲しむお父さんの心がとてもよく表れたセリフだなーと思います。

 

『出来すぎた』のワードセンス、やばいなって思います。この一言で心が全部伝わる

 

 

…にしても、このエピソードと『記憶を失う前のルーサーを求める家族』を合わせると、なんとも言えない気持ちになりますね。

 

そして、彼の立派な志は凄惨な戦場へ彼を誘ったと。

なんなんですかね、この報われなさ。

 

 

今のルーサーと相棒

 

そんな『前の自分』をくだらないと一蹴する今のルーサーダンタリオンに報酬の記憶はもういらないと告げ、ダンタリオンは『契約を切るのか?』と不安になる。当然ですよね、ダンタリオンの望みを叶えることでルーサーは記憶を戻してもらっていたのですから。報酬がいらない=契約の終了と取るのが普通です。

 

でも、当のルーサーは全くそんなつもりなくて。

元々ルーサーは報酬の記憶のためではなくて、今の自分をそのまま受け入れてくれるからこそダンタリオンと一緒に居るんですよね。それは54話で示されている通りです。

 

ただ…それは悪魔のダンタリオンには理解できなくても当然なわけです。対価と報酬がある契約という関係しか知らない彼ら悪魔にとって、無報酬で共にいることを望むなんて理解できないのでしょう。

 

このダンタリオン、奇しくも前話のマルバスと同じなのですよね。

 

ウィステリアは契約自体でマルバスが与えている以上のことを受け取っていた。

ルーサーは契約自体ダンタリオンと一緒に暴れられればそれでいい。

 

契約外のものを契約者が感じているという事実に驚いている2体の大悪魔。

 

 

そして、物語においては敵側であるルーサーとダンタリオンにもウィステリアとマルバス同様の関係性があることとても平等な描写で素晴らしいと思います。そもそも54話でマルバスが負けたのも、ルーサーとダンタリオンの関係性によるところが大きい。いわゆる絆を味方のパワーアップ要素だけでなく敵側でも描写してくるのはご都合主義感が薄れます

 

 

そういえば54話、ルーサーの家族の話も出てきているんですよね。

そういった意味でも54話と似通った点が多い話だなと思いました。

 

ここまでくると意図的っぽい気もしますね。

 

 

合理主義の権化


剣十字騎士団の策はかなり大掛かりなものでした。

 

ルーサーの潜伏場所を突き止め、敵に悟られぬよう遠距離から砲撃。

その動きを周囲の人間の反応から悟られぬよう、まるごと騎士団の人員と入れ替える。

 

いやいや仮にも街中なんですけど!?って話なんですが、厄災解臨を見てますからね。確かに、あれに暴れられるよりかは大砲の砲撃被害の方が少ないですね。損得勘定を適切に働かせれば確かに合理的。


…ではあるんですが、だからといって町を破壊せざるをえないこの策に踏みきれる団長はやはり豪胆といいますか。まさに合理主義の権化と言えます。

 

まあ騎士団ルールに反して崩国の十三災たる悪魔アスタロトと契約する人物なので、とても納得できる動きなんですよね。戦力になるならルールも曲げる人ですし。団長のこういうところ、キライじゃないです。むしろ好き。組織のトップなら働きがいがあるんじゃないかなーって思います。

 

…あ、アスタロトがシトリ抑える役目なのもちゃんと見てましたよ!

 

 

おわりに

 

直近の54話とリンクするような、また直前の57話で描かれた関係性を再び描くような。そんな58話だったように思います。

 

感想書くためもあってわりとじっくり読んでるんですが、それに伴って色々発見があるのでとても面白いですね。